会長のつぶやき No.9
 

「欲」

  人間の欲には切が無い。
  性欲、食欲、物欲、権力欲と果てしない。
  自分を苦しめるのは欲であり、欲を捨てる事により悟りの境地を得られるという宗教の教えもあり、
  集団社会の保持には必要な考え方ではある。

  しかし、欲は自我本位の欲望(エゴ)とは異なり人間そのものの味であり、
  行動のエネルギーとなるものではないだろうか。

  欲を持つということで自己を高める糧としたいものである。

 

 

 

「溺れる」

  「策士、策に溺れ、才子、才に溺れる」という。
  自分が他人より勝っていると思うものは、より大きい強い者の存在が見えず、それに敗れてしまう。
  世間と言う強く正しく大きなものを騙し欺き続けることは出来ない。

  そして、より大きなものは自己であるが、自分を過大評価しては自己を見失い、溺れて消える。

  悲しいけれど、どこにでもあることだ。心したい。

  

 

 

「説明と言い訳」

  「説明しろ」といわれ、自分の過ちを至極尤もらしく「言い訳」している。
  他人が納得するはずが無い。

  「説明」とは客観事実であり、「言い訳」は主観である。
  自分に都合のよい「心算」や「筈」を表明しても「説明」には程遠く、相手にされない。
  説明しても悪いものは素直に罪を認め謝ることだ。

  それにしても説明できないものが多すぎる近頃ではある。
  残念ですね。

 

 

 

「経験」

  経験とは失敗のことである。
  人は失敗を繰り返し、経験を積み重ねて、成功へと繫いでゆく。
  失敗の無い成功など有りはしない。

  しかし、同じ失敗を繰り返すのは、失敗の経験が生かされてないことになる。
  失敗を生かす人生、失敗を繰り返す人生、賢者と愚者の分岐点であろう。

  生きた失敗をしよう。

 

 


「贈りもの」

  贈りものをするものは見返りを期待する。
  贈られて嬉しくない者はいない、だからお返しをする、
  それは、感謝の言葉であり、嬉しい笑顔であったりする。

  しかし、度重なると嬉しさは段々と薄れ、当たり前と感じるようになり、お返しを忘れるようになる。
  効果のない贈りものをする者はいない。
  蜜月の終わりである。
  贈り物で相手を利用しようとするもののあるが、これは論外である。

  善意の贈りものには心からの感謝をしよう。

 



「任せる」

  人を育てるには経験を積ませることが大切である。
  たとえ、それが失敗しても任せるべきである。
  任せるということは勇気が要ることである。
  心配していては任せることは出来ない。

  しかし、任せっ放しでは任せたとは言えない。
  しっかり見守り、必要なときには適切なアドバイスをする。
  しかも指示命令は決してしない。
  任せたら任せきる。

  目と心を開いて任せよう。

 

 

 

「酒の効用」

  「酒は百薬の長」とか「下戸の建てたる蔵はなし」とか酒好きが言う。
  ならば、上戸は蔵が建つかと言うと、そうはゆかない。

  しかし、酒を飲むと気分が高揚し、本音が飛び出し、好嫌が明確になる。
  そこで気の合う同志の親交が進展する。

  反面、泣き上戸、怒り上戸等顰蹙を買う輩も出てくる。
  仲間を作る酒は微酔が良い。
  「花は半開 酒は微酔」という。
  (私には難しいが努力しよう。)