会長のつぶやき No.2
 

「我慢」

 最近の痛ましい事件の中で、幼い子供、少年少女の犯罪が増え、社会の関心が高まっている。

 今、どのような改革が必要かとの問いに多くの人が「教育改革」を挙げている。
 豊富な食べ物、豊かな環境に恵まれた動物が何もしなくなり「なまけもの」という名を貰ったように、
 不足を我慢する環境に無い子供たちは、自分が望むことが出来ない時、すぐに「切れる」状態となる。


 日本が貧しい時代は「節約勤勉」「集団生活社会」が人を育てた。
 裕福になり、これらが無くなり、我慢が出来なくなり、切れてしまう社会が生まれた。


 こうなると「貧しいこと」もまんざら捨てたものではないと思われる。




「力積」

 「力積」とは質量と速度を掛けたものである。
 与えるインパクトの大きさは重量とスピードの積であり、重いものを速く動かして衝突させると、
 その衝撃は、重いほど、早いほど大きくなる。


 出来るだけ大量の仕事を、出来るだけ手早く行なうことが、自分の「力積」を大きくすることである。
 即ち、「力積」の大きい人ほど、能力があるということであろう。




「耐える」

 人間は耐えて生きている。
 耐えることは辛い。
 辛いからといって、耐えることを止めたら生きては行けない。

 耐えるには、訓練がいる。
 試練が必要だ。

 豊かな世界にはそれが少ない。
 豊かな世界に生まれた者には、耐える機会が少ない。
 耐えられないと「切れる」。それは生きることを捨てることだ。




「生きる」

 呼吸をしているから生きているのではない。
 人が「生きている」と感じるとき、生きている。
 喜び、悲しみ、怒り、喜怒哀楽のなかに、人は生きている。
 喜怒哀楽は他人との係わり合いである。

 一人では生きられない。
 一人だと感じたとき失望の中に人は死ぬ。




「騙す」

 騙す人がいる。
 騙される人がいる。
 欲があるから騙される。
 小さな欲、大きな欲。
 騙す人から見れば小さくとも、騙される人のダメージは千差万別、計り知れないものがある。

 「騙すより、騙されたほうが良い」それは、心の痛み、恐れ、そして跳ね返ってくるものの違いである。




「訓練」

 諺に「鍛は百日の行、錬は千日の行、しかして勝負は一瞬の行」とある。
 人生の一瞬、一瞬に掛ける勝負は、百千日の鍛錬によって培われる。
 人柄もまた、毎日の訓練によって作られる。
 生まれながらに素晴らしい人は無く、また、疎まれる人も無い。