会長のつぶやき No.1
 

「思い込み」

 「自分は正しい、自分は他の人に良いことをして皆の為になっている」と考え、脇目もふらずその道を走る。
 そして、その走りに自分が酔い、スピードが判らなくなり、そのうち、どこを走っているのかさえ自分を失う。
 周りの人の感覚を測りながら、思い込みを矯正しょう。




「ヨシアキ流」(夫婦)を読んで・・・・

 本当に、夫婦を結び付けているものは何かなー?。
 貴兄の言うとおり、遺産でも、世間体でも、打算でも、資産、ゼニでもなさそう。
 やはり「愛」ではないかなーと思う。

 若い時代の「愛」はお互いを奪い、与えたいと相思相愛の「愛」だが、
 時が流れ、安心、信頼の「愛」に変わり、
 そして、労わりの「愛」へと変貌していくのではないでしょうか。

 そうなると、13センチは意味のないものとなり、
 昇華されそれを超えた広大な、何億光年の世界へと身も心も旅立つのでは・・・・・(となってみたいですね)




「愚痴」

 辞典には(甲斐の無いことを言って嘆くこと)とあるが、愚知、或いは愚智、
 いわゆる「知ることに愚かである」(知ることをしょうとしない。知らない)から愚痴が出る。

 他人の苦労が判らないから、不満が募り、愚痴がでる。
 他人の苦労を知ることにより、感謝する心が生まれ、有難いという言葉がでる。

 他人の苦労が判るには、それぞれの経験が必要であり、これが「老成」である。




「生きる」その2

 人は皆、健康長寿を願う。

 如何に健康で長生きをするか。
 こう考えて生きるのは「生きているのが重苦しかった」。
 生きる意味と使命を感じた時「生きているのが嬉しかった」。

 と大分県のある病院の患者と語った、医師の話である。

 ある寝たきりで回復の期待が持てない患者が「私は死ぬために生きているのですか」と問う、
 「貴方の存在
(生きていること)が周りの人達にどれだけ多くのものを与えているか、感じなさい」と彼は言う。

 健康長寿は生きる手段であり、そして、生きる意味と使命を知ることが目的ではなかろうか。




十訓 (自分は守れるか)

1、「摂生」 飽くほど食うなかれ、酔うほど飲むなかれ

  「腹八分に食い、酔いは微酔に止どめる」健康にも、生活にもそして、人との付き合いにも大切なことである。

  (判っているけど難しい。飲むべきか、酔わざるべきか、それが問題だ)


2、「沈黙」 益なきことを 語るなかれ

  「リップサービス」はほどほどに、口から出た言葉は取り返しが出来ない。
  目前の人にサービスした心算が、回りまわって他の人を傷つけるかも知れない。

  (上手に言うことより、本当に思っていることを判ってもらうように語ることだ。難しいことだが)


3、「規律」 物はところ、仕事は時を定めて行うべし

  「規律正しく」定められたことを、定められたように行う。
  「ムリ」「ムラ」「ムダ」を無くし、行動を迅速に、広範に、確実に行うためには、
  物はところ、仕事は時を整理整頓し、行動に備える。

  (忙しい時ほど、次の行動の準備が大切。腕のよい職人の道具箱には錆びたものなどはない。)


4、「決断」 決心したことは、成すべし

  人生は「決断」の連続である。道に迷うこともある。
  充分考えこうだと決めたら自分自身の責任で決断する。
  決断したことはやり徹す。やり遂げられるよう全力をあげる。
  「決断」したことを行なうに飽いてはいけない。

  (やり徹せないと判断をしたなら、潔く「やらない決断」をするべきである。それも大切な「決断」である。)


5、「節約」 益なきことに、金銭を費やすことなかれ

  「節約」とは、金銭、物品、時間、努力その他、すべてのものを大切にすることである。
  「益なきこと」とは、ムダなこと、自分が楽しくないこと、他人に感謝されないこと、
  不必要な奢り贅沢そして見栄、これらに、金銭は費やさない心がけが大切である。

  (節約は「ケチ」と異なる。金銭を使わないのではなく、
   節約した金銭で、「益」あるものには惜しまず大いに費やすことこそ本懐である。)


6、「勤勉」 無用な時間、これを断つべし

  「有能な人ほど、時間を有効に使う」といわれる。
  有能でなくとも段取りを考えるか、考えないか、だけでも長い人生には、大きな差がついてくる。

  1日の行動の時間割は出来ているか、1月の予定は出来ているのか、1年の目標は出来ているのか。
  (時間割、予定、目標を考えての行動は、たとえ、飛び入り、変更があっても、すぐ対応することが出来る。)


7、「誠実」 人を欺くことなかれ、真心こめて事にあたれ

  何をする時も、真心をもって事にあたることである。
  他人を騙し、自分の懐を肥やしても、所詮そこまで、信頼を失い結果は惨めなものとなる。
  (自分の心まで偽れるものではない)
  また、いやいやながらしていることは、どんなに繕っても、現れるものだ。
  苦しいこと、汚いこと、人が嫌がることも真心こめて行なえば、そう、嫌なものはない。


8、「正義」 公正を旨とすべし、与えずして取るなかれ

  鹿児島言葉で「じゃーごっ、じゃーごっ、」。
  あるべき姿、あるべき事柄、多くの人が納得することを行なうことが肝要である。
  「正義」は平等ではなく、正しく、公平であるべきである。
  自分が欲しいものは、相手も欲しい、先ず相手にあたえること。
  相手を理解すること。
  (誰でも自分を大きく見せたい。しかし、相手を先に評価することが大切である)


9、「清潔」 心、身体、涼やかなるべし

  心が清潔であれば、人にはばかるところがない。
  誰とでも接して臆するものがない。
  人は皆、対等である。「ヒフテイ、ヒフテイ」の原則を持てる。

  身体が清潔であれば、これもまた、人に接するに嫌悪感をもたれずに済む。

  (心に曇りがなく、体を涼やかに保つことは人に接する礼儀でもある)


10、「謙虚」 驕りは弱者の表現、慎むべし

  驕り高ぶった人は自分が偉いと思っている、相手より自分が上だと信じている。
  人はそれぞれ、他人より勝れるものを持ち、劣れるものを持つ。
  相手より自分が勝ると思う驕れる態度は、真の強さを知らない弱者の表現である。
  本当に強い者は、自分が弱いことを知っている者である。

  (特に、肩書きを強さと思い違いし、謙虚さを持たぬものは、それが無くなった時、哀れである)